石川さゆりさんのNHK紅白歌合戦への出場回数は、2025年の第76回までで通算48回です。1977年、19歳のときに「津軽海峡・冬景色」で初出場して以来、1983年を除いて大みそかの舞台に立ち続け、紅組の歴代最多出場記録を築いてきました。
一方で、近年の選曲が「天城越え」と「津軽海峡・冬景色」に集中していることから、マンネリを指摘する声と、年末の風物詩として歓迎する声の両方があります。2025年には「天城越え」を披露し、2026年は第77回への出場が注目されています。出場回数の数え方、空白の1年の真相、歴代歌唱曲、トリ回数、そして2026年の最新状況まで整理します。
【2026年最新】石川さゆりの紅白出場回数は48回、女性歌手の歴代最多記録

石川さゆりさんの紅白出場回数は、2025年12月31日に放送された第76回NHK紅白歌合戦までで48回です。初出場は1977年、当時19歳。2025年の出場時は67歳でした。
2025年11月14日には、石川さゆりさんの公式ウェブサイトが第76回への出場決定を発表し、「48回目」と明記しました。これは単に長年出演しているというだけではなく、紅白の歴史における女性歌手の最多出場記録です。
出場回数を理解するうえで押さえておきたいのは、1977年から2025年までの49年間と、実際の出場回数48回は同じではないことです。1983年に歌唱出場がなかったため、年数と出場回数に1回分の差があります。
男女を合わせた歴代記録でも、石川さんの48回は極めて高い水準です。北島三郎さんの51回、五木ひろしさんの50回に続く記録で、森進一さんの48回と並びます。なお、紅組の出場回数ランキングと、男女を合わせた総合ランキングでは順位の見方が異なります。
石川さんは1958年1月30日生まれの演歌歌手です。紅白ではデビュー間もない時期から出演を重ね、代表曲のヒットだけでなく、長期間にわたって第一線で歌い続けてきた実績によって記録を積み上げました。
2026年10月26日現在、第77回の出場歌手と歌唱曲について、石川さんの出演を確定する公式発表は確認できません。2026年も出場が決まれば通算49回となりますが、現段階では2025年までの48回を確定記録として捉える必要があります。
【歴代歌唱曲一覧】1977年の初出場から2025年の48回目まで
石川さゆりさんの紅白歌唱曲は、初期のヒット曲を中心とした時代から、代表曲を繰り返し披露する時代へと変化してきました。歴代の歌唱記録を年別に整理すると、初出場時の「津軽海峡・冬景色」、1986年の「天城越え」、そして2007年以降の選曲パターンが大きな節目として浮かび上がります。
以下は、歴代歌唱曲の記録を基にまとめた一覧です。1983年は歌唱出場ではないため、48回のカウントには含めていません。
| 年 | 出場回数 | 歌唱曲・備考 |
|---|---|---|
| 1977年 | 初出場 | 津軽海峡・冬景色 |
| 1978年 | 2回目 | 火の国へ |
| 1979年 | 3回目 | 命燃やして |
| 1980年 | 4回目 | 鴎という名の酒場 |
| 1981年 | 5回目 | なみだの宿 |
| 1982年 | 6回目 | 津軽海峡・冬景色 |
| 1983年 | 出場回数に含まず | 臨月のため歌唱出場なし。応援ゲストとして登場 |
| 1984年 | 7回目 | 東京めぐり愛 |
| 1985年 | 8回目 | 波止場しぐれ |
| 1986年 | 9回目 | 天城越え |
| 1987年 | 10回目 | 夫婦善哉 |
| 1988年 | 11回目 | 滝の白糸 |
| 1989年 | 12回目 | 風の盆恋歌 |
| 1990年 | 13回目 | うたかた |
| 1991年 | 14回目 | 港唄 |
| 1992年 | 15回目 | ホテル港や |
| 1993年 | 16回目 | 津軽海峡・冬景色 |
| 1994年 | 17回目 | 飢餓海峡 |
| 1995年 | 18回目 | 北の女房 |
| 1996年 | 19回目 | 昭和夢つばめ |
| 1997年 | 20回目 | 天城越え |
| 1998年 | 21回目 | 風の盆恋歌 |
| 1999年 | 22回目 | 天城越え |
| 2000年 | 23回目 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2001年 | 24回目 | 涙つづり |
| 2002年 | 25回目 | 天城越え |
| 2003年 | 26回目 | 能登半島 |
| 2004年 | 27回目 | 一葉恋歌 |
| 2005年 | 28回目 | 天城越え |
| 2006年 | 29回目 | 夫婦善哉 |
| 2007年 | 30回目 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2008年 | 31回目 | 天城越え |
| 2009年 | 32回目 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2010年 | 33回目 | 天城越え |
| 2011年 | 34回目 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2012年 | 35回目 | 天城越え |
| 2013年 | 36回目 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2014年 | 37回目 | 天城越え |
| 2015年 | 38回目 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2016年 | 39回目 | 天城越え |
| 2017年 | 40回目 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2018年 | 41回目 | 天城越え |
| 2019年 | 42回目 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2020年 | 43回目 | 天城越え |
| 2021年 | 44回目 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2022年 | 45回目 | 天城越え |
| 2023年 | 46回目 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2024年 | 47回目 | 能登半島 |
| 2025年 | 48回目 | 天城越え |
一覧から分かるのは、石川さんが毎年同じ曲を歌ってきたわけではないという点です。1980年代から2000年代初頭までは「火の国へ」「夫婦善哉」「風の盆恋歌」「飢餓海峡」など、幅広い楽曲を披露していました。
2007年から2023年までは「津軽海峡・冬景色」と「天城越え」の交互選曲が続き、2024年には「能登半島」が選ばれました。そして2025年には「天城越え」に戻っています。この流れが、現在の石川さんの紅白を理解するうえで要点です。
【空白の1年の真相】1983年に紅白へ出場しなかった理由は臨月だったから
石川さゆりさんの紅白記録を調べると、必ず話題になるのが1983年です。1977年の初出場から2025年までの49年間で、歌唱出場がなかった年はこの1年だけです。
スポニチアネックスが2025年12月29日の紅白リハーサル取材で伝えた本人の説明によると、1983年は長女の出産を控え、臨月を迎えていました。大みそかの舞台で歌うことが難しい状況だったため、通常の歌唱出場を見送ったのです。
ただし、1983年に紅白との縁が完全に途切れたわけではありません。NHK側から、歌唱が難しくても応援に来られないかと打診があり、石川さんは応援ゲストとしてステージに登場しました。本人も2025年の取材で、応援として参加した年は出場回数には含まれないと説明しています。
この経緯は、出場記録を正しく理解するうえで大切です。テレビ番組に出演したことと、歌手として紅白に出場したことは、記録上必ずしも同じではありません。1983年の出演はあっても、歌唱出場回数には加算されないため、2025年の通算記録は48回となります。
石川さんは同じ取材で、紅白の舞台に立ち続けることは自分が望むだけで実現するものではない、という趣旨の思いも語りました。長年の連続出演は当然の権利ではなく、毎年選ばれることへの感謝が、その言葉からうかがえます。
【なぜ2曲が繰り返し選ばれる?】「天城越え」と「津軽海峡・冬景色」の選曲理由
石川さゆりさんの紅白で、もっとも注目されるテーマのひとつが「天城越え」と「津軽海峡・冬景色」の選曲です。どちらも演歌を代表する楽曲であり、石川さんの名前と結びついた看板曲です。しかし、紅白の選曲がこの2曲に集中するようになったのは、最初からではありません。
「津軽海峡・冬景色」は1977年の紅白初出場曲です。北国へ向かう旅情や冬の情景を印象づける作品で、石川さんの歌手としての存在感を広く知らしめました。紅白で披露されると、年末の空気と重なる風景が視聴者に伝わりやすく、世代を超えて親しまれる曲となっています。
一方、「天城越え」は1986年に紅白で初披露された代表曲です。情念を帯びた物語性と、歌唱力を前面に出せる構成が特徴です。石川さんは過去のインタビューで、この楽曲の制作にあたって、作詞家の吉岡治さんや制作スタッフが、紅白でトリを務められるような歌を目指していた背景を語っています。
つまり、「天城越え」はヒット曲というだけでなく、紅白の大舞台で歌手の力量を見せる楽曲としても位置づけられてきました。劇的な歌詞の世界観と、クライマックスに向けて高まる歌唱表現は、大みそかの大型音楽番組との相性がよいと考えられます。
2007年以降、この2曲を交互に披露するパターンが定着しました。日刊スポーツの報道では、NHK側がこの2曲によって年越しを感じさせる意図を持っていたことが紹介されています。毎年異なる曲を選ぶことだけが番組の価値ではなく、視聴者が待ち望む定番を届けることも、年末番組の演出のひとつです。
2024年は例外でした。能登半島地震と豪雨で大きな被害が出た地域への思いを込め、石川さんは「能登半島」を披露しました。1977年に発売された同曲を、2003年以来21年ぶりに紅白で歌ったことも話題となりました。2025年は再び「天城越え」が選ばれ、長年の定番と、その年の社会的背景に応じた選曲の両方が見える結果となりました。
【トリ回数は歴代何位?】マンネリ批判と「絶対的安心感」の両面
紅白の記録で、出場回数と並んで注目されるのがトリを務めた回数です。石川さゆりさんは、紅組のトリを歴代9回務めています。女性歌手では、美空ひばりさんの13回に次ぐ2位の記録です。
トリは、その年の番組を締めくくる重要な役割です。出場回数が多いだけで自動的に任されるものではなく、楽曲の知名度や歌唱力、番組全体の構成などが関係します。石川さんがトリを務めた実績は、紅白の看板歌手として長年評価されてきたことを示しています。
一方で、近年は「また同じ2曲なのか」というマンネリへの指摘もあります。週刊女性PRIMEが2025年12月に取り上げた視聴者の反応でも、同じ曲が続くことに新鮮味の薄さを感じる意見と、年末らしい安心感を歓迎する意見の両方が紹介されました。
この賛否は、単に新曲を歌うか、代表曲を歌うかという問題にとどまりません。紅白には、その年の音楽シーンを映し出す役割と、毎年変わらない年末の風景を届ける役割があります。石川さんの定番曲は後者を象徴する存在になっています。
視聴者が期待しているのは、曲そのものだけではありません。長年にわたって同じ楽曲を歌い続けてきた歌手が、年齢や経験を重ねながら、どのような表現を見せるかという点も見どころです。定番曲であっても、その年の演奏や歌唱、舞台演出によって印象は変わります。
したがって、マンネリかどうかを判断する際は、曲目の重複だけでなく、歌唱表現や編曲、演奏、演出まで含めて見る必要があります。定番の維持と新しい挑戦は必ずしも対立するものではなく、2024年の「能登半島」のように、特別な年には選曲そのものを変える余地もあります。
【2025年の出場経緯と2026年の展望】「天城越え」はどう披露された?
2025年の第76回NHK紅白歌合戦で、石川さゆりさんが披露したのは「天城越え」でした。公式ウェブサイトは2025年11月14日に48回目の出場決定を告知し、NHKによる曲目発表後、12月19日には歌唱曲が明らかになりました。
日刊スポーツの2025年12月29日のリハーサル報道によると、この年の「天城越え」はNHK交響楽団とのコラボレーションで披露されました。80人を超えるオーケストラとの共演が予定され、紅白で同曲を歌うのは14回目と報じられています。
長く歌い続けてきた楽曲を、オーケストラとの大規模な演奏によって新たな形で届ける試みは、定番曲の再演にも変化をつけられることを示しています。曲目を変えなくても、編曲や演奏の規模、舞台上の表現を工夫することで、過去の歌唱とは異なる魅力を打ち出せます。
2025年の出場に関して、石川さんはリハーサル取材で、紅白は1年間の活動を締めくくる舞台であり、よい年を迎えてもらえるよう歌い納めをしたいという思いを語りました。初出場から約半世紀が経過しても、年末の舞台に向き合う姿勢が続いていることがうかがえます。
では、2026年はどうなるのでしょうか。10月26日時点で、第77回NHK紅白歌合戦に石川さんが出場するという公式発表は確認できません。歌唱曲についても未発表です。2025年までの48回という実績は確定していますが、2026年の49回目が決まったと扱うのは時期尚早です。
今後の注目点は、まず出場歌手の公式発表、続いて歌唱曲の発表です。仮に出場が決まれば、紅組最多記録をさらに伸ばすことになります。また、「天城越え」と「津軽海峡・冬景色」のどちらが選ばれるのか、あるいは2024年の「能登半島」のように、その年ならではの選曲が行われるのかも関心を集めそうです。
【石川さゆり紅白】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:石川さゆりの紅白出場回数は何回ですか?
A1:2025年の第76回NHK紅白歌合戦までで通算48回です。1977年に「津軽海峡・冬景色」で初出場し、紅組の歴代最多出場記録を持っています。
Q2:石川さゆりが紅白に出場しなかった1983年の理由は何ですか?
A2:長女の出産を控えて臨月を迎えていたため、歌唱出場を見送りました。ただし、応援ゲストとして紅白のステージに登場しており、この出演は出場回数には含まれていません。
Q3:石川さゆりは2026年の紅白に出場しますか?
A3:2026年10月26日時点では、第77回への出場決定と歌唱曲は公式発表されていません。出場が決まれば通算49回となりますが、正式発表を待つ必要があります。
まとめ:【プロの結論】石川さゆりの紅白記録をどう見るべきか
石川さゆりさんの紅白出場は、2025年までに48回。1977年の「津軽海峡・冬景色」で始まった歴史は、1983年の出産を控えた年を除き、長年にわたって続いてきました。紅組最多出場という記録に加え、トリを9回務めた実績も、紅白における存在感を裏づけています。
「天城越え」と「津軽海峡・冬景色」の繰り返しには、マンネリという批判と、年末の安心感という評価が共存しています。しかし、2024年の「能登半島」や2025年のNHK交響楽団との共演を見ると、定番を守りながら、その年に伝えるべき思いを歌や演出に反映させる姿勢も読み取れます。
石川さゆりさんの紅白を評価するときは、出場回数や曲目だけでなく、時代ごとの選曲の変化、歌唱表現、社会的な背景、番組における役割まで見ることが大切です。2026年の第77回については、出場歌手と歌唱曲の公式発表が次の焦点となります。49回目の舞台が実現するかどうか、今後の発表に注目が集まります。