サッカーU-24日本代表は、2021年に開催された東京オリンピックで、久保建英、堂安律、三笘薫らを擁してベスト4に進出したチームです。森保一監督のもと、グループステージを3連勝で突破し、準々決勝ではニュージーランドをPK戦で下しました。しかし、準決勝でスペイン、3位決定戦でメキシコに敗れ、最終順位は4位。あと一歩でメダルを逃しました。
2026年現在、この世代を振り返るうえで知っておきたいのは、当時のメンバー構成だけではありません。オーバーエイジ枠に吉田麻也、酒井宏樹、遠藤航を招集した理由、通常のU-23ではなくU-24と呼ばれた背景、そして五輪を経験した選手たちが日本代表の主力へ成長した過程も大切です。日本サッカー協会(JFA)の公式記録と2026年の代表情報をもとに、東京五輪の戦いから現在地までを整理します。
【東京五輪のU-24日本代表】メンバー22人と注目選手を総まとめ

JFAが公表した東京オリンピックの登録メンバーは、GK3人、DF9人、MF7人、FW3人の計22人です。海外クラブで経験を積む選手と国内組を組み合わせ、若い世代の技術や運動量に、経験豊富な選手の判断力とリーダーシップを加えた陣容でした。
特に注目を集めたのが、攻撃の中心となった久保建英と堂安律です。久保は狭いスペースでのボールコントロールや相手守備を崩すアイデアを担い、堂安はゴール前への進出や力強いシュートで攻撃に厚みを加えました。田中碧、遠藤航らが中盤を支え、冨安健洋、吉田麻也らが守備の安定を図る構成でした。
東京五輪の最終登録メンバーは、ポジション別に次のとおりです。所属クラブは大会当時のものです。
- GK:大迫敬介、谷晃生、鈴木彩艶
- DF:吉田麻也、酒井宏樹、板倉滉、中山雄太、町田浩樹、旗手怜央、冨安健洋、橋岡大樹、瀬古歩夢
- MF:遠藤航、相馬勇紀、三好康児、三笘薫、堂安律、田中碧、久保建英
- FW:林大地、前田大然、上田綺世
このメンバーの特徴は、単に有名選手を集めたことではありません。久保や堂安の攻撃力、田中碧のパスワーク、遠藤航のボール奪取、吉田麻也を中心とした最終ラインなど、異なる役割を組み合わせてチーム全体の完成度を高めようとしていた点にあります。
なお、東京五輪を目指す過程では招集メンバーが変動しており、強化試合の招集リストと本大会の登録メンバーは同一ではありません。歴代メンバーを調べる際は、JFAの強化試合記録と本大会の最終登録リストを区別することが大切です。
【試合日程・結果】日本代表はグループ3連勝から4位で大会終了
東京五輪の男子サッカー競技は、2021年7月21日から8月7日まで開催されました。大会名は「東京2020」ですが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で実際の開催は2021年です。日本はグループAで南アフリカ、メキシコ、フランスと対戦し、3試合すべてに勝利。首位で決勝トーナメントへ進出しました。
以下はJFAの公式試合記録に基づく、本大会6試合の日程と結果です。日付は日本時間です。
| 日付 | 対戦相手 | 結果 | 大会の段階 |
|---|---|---|---|
| 2021年7月22日 | 南アフリカ | 1-0で勝利 | グループステージ |
| 2021年7月25日 | メキシコ | 2-1で勝利 | グループステージ |
| 2021年7月28日 | フランス | 4-0で勝利 | グループステージ |
| 2021年7月31日 | ニュージーランド | 0-0、PK戦4-2で勝利 | 準々決勝 |
| 2021年8月3日 | スペイン | 0-1で敗戦(延長戦) | 準決勝 |
| 2021年8月6日 | メキシコ | 1-3で敗戦 | 3位決定戦 |
グループステージで際立ったのは、攻守のバランスです。南アフリカ戦では1点を守り切り、メキシコ戦では相手の反撃を受けながら勝利。フランス戦では4得点を挙げ、決勝トーナメントへ向けて勢いをつけました。
準々決勝のニュージーランド戦は、延長戦を含めても得点が生まれず、勝負はPK戦へ。日本は4-2で勝ち、準決勝進出を決めました。一方、スペインとの準決勝では120分間を戦い、延長戦で失点して0-1で敗退します。
3位決定戦ではメキシコに前半からリードを許し、最終的に1-3で敗れました。三笘薫が後半に途中出場し、78分に個人技からゴールを決めたものの、反撃は及びませんでした。
この大会を評価する際は、メダルを逃した結果と、世界の強豪に対して示した競争力の両方を見る必要があります。グループステージ全勝と準決勝進出は大きな成果でしたが、メダルを争う最後の2試合では、試合の入り方やセットプレーへの対応、120分を戦った後のコンディション管理などの課題も表れました。
【久保建英・堂安律・三笘薫】攻撃陣が見せた役割と森保一監督の狙い
久保建英:東京五輪の日本代表を象徴する選手の一人です。グループステージでは3試合連続で得点し、攻撃の中心として存在感を示しました。相手の守備ブロックの間でボールを受け、細かなタッチやドリブルで局面を変える能力は、日本がボールを保持して攻めるうえで重要な武器となりました。
堂安律:久保とともに攻撃をけん引した選手です。メキシコ戦ではゴールを決め、フランス戦でも得点に絡む活躍を見せました。前線で相手に圧力をかけるだけでなく、ゴール前へ積極的に入り込む姿勢が日本の攻撃を支えました。
三笘薫:大会前のコンディション面の問題もあり、本大会では久保や堂安と同じように先発の中心となる形ではありませんでした。それでも、メキシコとの3位決定戦で途中出場から得点。短い出場時間でも、ドリブルによる打開力を示しました。この大会での出場時間だけを基準に、選手のその後の成長や実力を判断するのは適切ではありません。
チームを率いた森保一監督は、U-24日本代表とSAMURAI BLUE(A代表)の指揮を担っていました。年代別代表で培った連係を、国際舞台で結果につなげることが求められた大会です。
日本は複数の選手がポジションを入れ替えながら攻撃する形を採用し、前線の個人技だけに依存しないチームづくりを目指しました。ただし、準決勝や3位決定戦のように相手の強度が高まり、試合が長時間に及ぶ場面では、攻撃の決定力だけでなく、守備の集中力や試合運びの成熟度も勝敗を左右しました。
【オーバーエイジ枠の選考理由】吉田麻也・酒井宏樹・遠藤航が担ったもの
東京五輪のU-24日本代表には、年齢制限を超えた選手を最大3人まで登録できるオーバーエイジ枠がありました。日本が選んだのは、DF吉田麻也、DF酒井宏樹、MF遠藤航の3人です。いずれもA代表で実績を積んだ選手であり、若い世代の補強という点で明確な役割がありました。
2021年5月の選考発表に関するJFAの公式情報や当時の報道では、森保監督は戦力としての実力に加え、経験の浅い選手への影響力や、ピッチ内外での模範的な行動を選考理由として説明しています。ポジションやクラブの事情、本人の意向なども考慮したうえで、チームの柱となる選手を選ぶ考え方でした。
- 吉田麻也:センターバックとして最終ラインを統率し、守備時の判断や声かけでチームを支える役割。
- 酒井宏樹:右サイドの守備力と対人能力を備え、攻守両面で強度を加える役割。
- 遠藤航:中盤でボールを奪い、相手の攻撃を止めるとともに、攻守の切り替えを支える役割。
オーバーエイジは、単に年齢の高い選手を加える制度ではありません。短期間の大会で不足する経験や、特定のポジションの安定性を補い、チーム全体の競争力を高めるための選択肢です。
実際、東京五輪の日本は準決勝まで進みましたが、最後の2試合では得点を奪えない時間が長くなり、3位決定戦ではセットプレーからの失点も響きました。オーバーエイジを3人起用しても、メダルが保証されるわけではありません。個人の能力をチームの勝利へ結び付けるには、攻守の連係、交代選手の活用、試合展開への対応が欠かせないことを示した大会でした。
【U-24とU-23の違い】東京五輪だけ年齢表記が変わった理由
U-24日本代表という名称を理解するには、オリンピック男子サッカーの年齢制限を知る必要があります。JFAの競技制度に関する説明によると、男子サッカーは1992年のバルセロナ大会から原則23歳以下のカテゴリーで実施され、1996年のアトランタ大会からは24歳以上の選手を最大3人まで起用できるオーバーエイジ制度が導入されました。
東京五輪は新型コロナウイルスの影響で1年延期されましたが、選手の年齢資格については当初の大会に向けて定められた世代が基本となりました。そのため、1997年1月1日以降に生まれた選手を中心に編成され、通常のU-23ではなくU-24日本代表と呼ばれたのです。
つまり、U-24は日本だけに設けられた独自の年代別代表カテゴリーでも、恒久的に年齢上限が引き上げられたことを示す名称でもありません。東京五輪の延期に伴う特例的な年齢表記です。
この違いを押さえておくと、U-24とU-23のメンバーを比較する際の混乱を避けられます。東京五輪の選手名簿を調べているのか、次のオリンピックを目指す年代別代表を調べているのかによって、対象となる選手や大会が異なります。
また、U-24の選手が全員オーバーエイジだったわけではありません。年齢資格を満たして登録された選手と、年齢制限を超えて特別に登録された選手は区別されます。東京五輪では、吉田、酒井、遠藤がオーバーエイジ枠に該当しました。
【U-24日本代表の五輪後の現在】2026年の代表活動と歴代成績
東京五輪の活動終了後、U-24日本代表というチームはそのまま存続したわけではありません。選手たちは所属クラブでの成長を続け、A代表や次の年代別代表へと進みました。2026年現在、JFAの男子代表カテゴリーにはSAMURAI BLUEに加えてU-23、U-21、U-20などが設けられており、U-24は東京五輪当時の世代を指す歴史的な呼称として扱われます。
久保建英、堂安律、上田綺世、田中碧らは、2026年9月に発表された日本代表の招集メンバーにも名を連ねています。JFAが公表した同年10月の試合結果では、日本代表はニュージーランド代表に勝利し、キリンカップサッカー2026で優勝しました。東京五輪世代の選手が、その後もA代表の活動を支える存在となっていることが分かります。
一方、三笘薫のように、東京五輪を経て世界のトップレベルでの評価を高めた選手もいます。ただし、五輪当時の出場時間や役割と、2026年時点の代表での立場は同じではありません。選手の現在地を知りたい場合は、当時の試合記録だけでなく、直近の代表招集や所属クラブでの活動を確認が必要です。
日本男子サッカーの五輪成績を歴史的に見ると、最高成績は1968年メキシコ大会の銅メダルです。東京五輪では4位となり、2012年ロンドン大会以来のベスト4に進出しました。メダル獲得には届かなかったものの、開催国としてグループステージを全勝で突破し、世界の強豪と準決勝で延長戦まで競り合った点は評価できます。
東京五輪世代の価値は、大会順位だけでは測れません。久保や堂安のような攻撃の中心選手に加え、守備や中盤を担った選手たちも、その後の代表チームを構成する重要な戦力となりました。五輪は一つの大会であると同時に、次のA代表を支える選手を見極める場でもあったのです。
【サッカーU-24日本代表】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:サッカーU-24日本代表の東京五輪での最終順位は何位ですか?
A1:4位です。グループステージを3連勝で突破し、準々決勝でニュージーランドにPK戦で勝利しましたが、準決勝でスペインに0-1、3位決定戦でメキシコに1-3で敗れました。
Q2:U-24日本代表のオーバーエイジ枠は誰でしたか?
A2:吉田麻也、酒井宏樹、遠藤航の3人です。守備の統率、サイドの守備力、中盤のボール奪取などを補うとともに、若い選手への経験の共有やリーダーシップも期待されました。
Q3:U-24日本代表は2026年も活動していますか?
A3:東京五輪当時のU-24日本代表が同じチームとして活動を続けているわけではありません。2026年のJFAの男子代表カテゴリーではU-23やU-21などが設けられ、東京五輪世代の選手たちは主にA代表や所属クラブで活動しています。
【プロの結論】東京五輪U-24日本代表から学ぶべき本当の成果
東京五輪のU-24日本代表は、久保建英、堂安律、三笘薫らの個人能力と、吉田麻也、酒井宏樹、遠藤航がもたらす経験を組み合わせ、世界の強豪と戦えるチームをつくりました。グループステージ全勝、準決勝進出という結果は、その強さを示しています。一方で、最後の2試合では勝ち切れず、メダル獲得という目標には届きませんでした。
この世代を振り返る際の判断基準は、最終順位だけで選手やチームの価値を決めないことです。大会の結果、個々の役割、オーバーエイジの選考意図、そして五輪後のキャリアを合わせて見ることで、チームが残した成果と課題がより明確になります。
2026年の日本代表を追う読者にとって、東京五輪は過去の大会というだけではありません。そこで得た経験を持つ選手がA代表でどのような役割を果たし、次の世代がどのように成長していくのか。そのつながりを追うことが、日本サッカーの現在と未来を理解するための重要な手がかりになります。