寺嶋和史(てらじま・かずふみ)さんは、2025年に六代目尾上菊之助を襲名した歌舞伎俳優です。2013年11月28日生まれで、2016年に歌舞伎座で初お目見得を果たし、2019年には七代目尾上丑之助として初舞台を踏みました。2026年現在は12歳。歌舞伎界の名門「音羽屋」の芸を受け継ぐ若手俳優として、舞台経験を積み重ねています。
父親は八代目尾上菊五郎、父方の祖父は七代目尾上菊五郎、母方の祖父は二代目中村吉右衛門です。二つの名門につながる家系に生まれたことも、寺嶋和史さんが注目される理由の一つです。この記事では、本名やプロフィール、父親・母親との関係、2016年から2025年までの名前の変遷、襲名の経緯、2026年の活動までを整理します。
【寺嶋和史のプロフィール】本名・年齢・屋号を整理

寺嶋和史さんは、歌舞伎の名跡である尾上菊之助を継いだ俳優です。襲名以前は本名で舞台に登場し、その後、尾上丑之助という名跡を経て現在の芸名に至りました。
歌舞伎俳優名鑑「現在の俳優篇」では、生年月日や初お目見得、初舞台、2025年の襲名が紹介されています。基本プロフィールを
- 現在の芸名:六代目尾上菊之助
- 本名:寺嶋和史(てらじま・かずふみ)
- 生年月日:2013年11月28日
- 2026年10月現在の年齢:12歳
- 屋号:音羽屋
- 父親:八代目尾上菊五郎
- 母親:波野瓔子さん
- 初お目見得:2016年5月、歌舞伎座『勢獅子音羽花籠』
- 初舞台:2019年5月、歌舞伎座『絵本牛若丸』
- 六代目尾上菊之助襲名:2025年
ここで押さえておきたいのは、「寺嶋和史」と「尾上菊之助」が別人を指すわけではないという点です。寺嶋和史は本名であり、六代目尾上菊之助は現在の芸名です。検索結果や過去の公演資料では、当時の名前が使われているため、同じ人物でも表記が異なります。
また、歌舞伎の「屋号」は俳優や一門を識別するための呼称です。音羽屋は尾上菊五郎家につながる屋号であり、寺嶋和史さんの芸歴を理解するうえでも重要な手がかりになります。
【2016年から2025年へ】初お目見得・初舞台・襲名の年表
寺嶋和史さんの歩みを理解するには、初めて舞台に姿を見せた2016年、正式な初舞台を踏んだ2019年、そして六代目尾上菊之助を襲名した2025年という三つの節目を押さえる必要があります。
歌舞伎俳優名鑑や松竹の公式歌舞伎情報サイト「歌舞伎美人」に掲載された経歴をもとに、主要な出来事を時系列で整理しました。
| 時期 | 出来事 | 名前・主な内容 |
|---|---|---|
| 2013年11月28日 | 誕生 | 本名は寺嶋和史 |
| 2016年5月 | 初お目見得 | 歌舞伎座『勢獅子音羽花籠』に本名で登場 |
| 2018~2020年 | 子役として舞台経験を重ねる | 複数の出演で国立劇場特別賞の受賞歴がある |
| 2019年5月 | 初舞台 | 歌舞伎座『絵本牛若丸』の源牛若丸を演じ、七代目尾上丑之助を襲名 |
| 2023~2024年 | 出演作の幅を広げる | 『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』『菅原伝授手習鑑』『伽羅先代萩』などに出演 |
| 2025年4月29日 | 襲名の節目 | 歌舞伎座で「古式顔寄せ手打式」が行われる |
| 2025年5・6月 | 襲名披露興行 | 六代目尾上菊之助として歌舞伎座の舞台に立つ |
| 2026年 | 襲名後の活動 | 博多座公演や全国巡業へと襲名披露興行が続く |
最初の大きな節目は、2016年5月の初お目見得です。歌舞伎では、幼い子どもが本名で舞台に登場し、観客に紹介される機会が設けられることがあります。初お目見得は、その後の初舞台や芸名の襲名とは区別して考える必要があります。
2019年5月には、歌舞伎座の『絵本牛若丸』で源牛若丸を演じ、七代目尾上丑之助として初舞台を踏みました。加えて、2018年から2020年にかけて出演した舞台に関連し、国立劇場特別賞の受賞歴もあります。幼少期から舞台経験を積んできたことが、後の襲名につながる経歴の土台となっています。
そして2025年、父親の尾上菊之助が八代目尾上菊五郎を襲名するとともに、息子の丑之助が六代目尾上菊之助を襲名しました。親子がそれぞれの名跡を受け継いだことで、音羽屋の世代交代を象徴する出来事となりました。
【名前はどう変わった?】寺嶋和史から七代目尾上丑之助、六代目尾上菊之助へ
寺嶋和史さんの名前を調べる際に、特に混同しやすいのが「寺嶋和史」「尾上丑之助」「尾上菊之助」の三つです。これらは別々の人物の名前ではなく、同じ俳優が成長とともに歩んできた名前の変遷です。
- 2016年まで:本名の寺嶋和史として初お目見得。
- 2019年:七代目尾上丑之助を名乗り、正式に初舞台。
- 2025年:六代目尾上菊之助を襲名。
歌舞伎における襲名は、一般的な芸能人の改名とは意味が異なります。歴代の俳優が築いてきた名跡を引き継ぎ、その名に結び付いた役柄や芸風、家の伝統を受け継いでいく行為だからです。
尾上丑之助という名跡も、尾上菊之助という名跡も、歌舞伎の世界で代々受け継がれてきました。寺嶋和史さんは、まず丑之助として初舞台を踏み、子役として経験を重ねた後、父親も名乗っていた菊之助を継ぐことになりました。
特に興味深いのは、父親もかつて五代目尾上菊之助を名乗っていたことです。父が受け継いできた名前を息子が六代目として継承することで、同じ名跡が次の世代へと引き渡されました。
なお、現在の芸名が六代目尾上菊之助である一方、過去の公演記録には「尾上丑之助」と記されている場合があります。2019年以前の本名表記と、2019年以降の芸名、2025年以降の芸名を区別すると、人物情報を正しく整理できます。
【寺嶋和史の家系】父親・母親と尾上菊五郎、中村吉右衛門との関係
寺嶋和史さんの家系が注目される理由は、父方と母方の双方に歌舞伎界を代表する名優がいることです。父親は八代目尾上菊五郎、母親は波野瓔子さんで、母方の祖父は二代目中村吉右衛門です。
松竹の公式発表を伝えたORICON NEWSなどの報道によると、母親の波野瓔子さんは二代目中村吉右衛門の四女です。2013年11月28日に誕生した長男が寺嶋和史さんであり、父方の尾上家と母方の播磨屋につながる家系を持っています。
父方・母方の関係を整理
- 父親:八代目尾上菊五郎。2025年に襲名する以前は五代目尾上菊之助を名乗っていました。
- 父方の祖父:七代目尾上菊五郎。長年にわたって歌舞伎界を支えてきた名優で、寺嶋和史さんにとって父方の祖父に当たります。
- 母親:波野瓔子さん。二代目中村吉右衛門の四女です。
- 母方の祖父:二代目中村吉右衛門。時代物の名演で知られ、寺嶋和史さんが尊敬する俳優の一人です。
つまり、寺嶋和史さんは「尾上菊五郎の孫」であると同時に、「中村吉右衛門の孫」でもあります。ただし、両者はそれぞれ父方と母方の祖父であり、同じ家系の人物というわけではありません。
この関係を理解すると、2025年の襲名が持つ意味も見えてきます。六代目尾上菊之助は、音羽屋の名跡を継承する立場にありながら、母方の祖父からも芸や役柄への向き合い方を学べる環境にあります。二つの家の芸をどのように自分の演技へ取り入れていくかは、今後の成長を見守るうえでの注目点です。
一方、名門の家に生まれたという事実だけで、将来の評価や実力が決まるわけではありません。歌舞伎では、舞台ごとに役を務め、型やせりふ、身体の使い方を身につけ、観客の前で成果を示していくことが大切です。家系は出発点であり、俳優としての評価は舞台上の仕事によって積み重ねられていきます。
【六代目尾上菊之助の襲名経緯】2025年に名前を継いだ理由と舞台
2025年の襲名は、父親の尾上菊之助が八代目尾上菊五郎を襲名することと一体となった節目でした。松竹の公式歌舞伎情報サイト「歌舞伎美人」は、2025年5月・6月の歌舞伎座で、父子それぞれの襲名披露興行が行われることを発表しています。
父親は長年名乗ってきた五代目尾上菊之助から八代目尾上菊五郎へ、息子は七代目尾上丑之助から六代目尾上菊之助へと名前を改めました。単に親子で名前を交換したのではなく、父親が菊五郎家の大名跡を継ぎ、その後を担う世代が菊之助の名跡を受け継ぐという構図です。
襲名披露では、2025年5月に『京鹿子娘二人道成寺』や『弁天娘女男白浪』、6月には『菅原伝授手習鑑』の「車引」や『連獅子』などが上演されました。これらは、新しい名前を観客に披露するだけでなく、名跡に結び付く芸を舞台で示す機会でもあります。
『絵本牛若丸』に見る父子のつながり
2019年の初舞台で演じた『絵本牛若丸』にも、世代を超えたつながりがあります。父親の八代目尾上菊五郎も、1984年2月に同じ演目の牛若丸で初舞台を踏み、六代目尾上丑之助を名乗りました。
父子が同じ演目で初舞台を踏んだことは、音羽屋の芸の継承を考えるうえで象徴的です。もっとも、同じ演目を演じたことだけで、二人の芸が同じになるわけではありません。受け継がれる型や伝統を土台にしながら、本人の個性をどのように磨いていくかが問われます。
襲名披露で求められるもの
2025年の襲名披露では、六代目尾上菊之助が『連獅子』の仔獅子の精や『菅原伝授手習鑑』の梅王丸などを務めました。舞踊と立役の双方に取り組むことは、今後の芸域を広げるうえでも重要な経験です。
襲名の場で新しい名前を披露した後も、俳優としての歩みは続きます。名前が持つ歴史を背負いながら、一つひとつの役を通じて自分自身の芸を形づくっていくことが、六代目尾上菊之助に期待される役割です。
【寺嶋和史の現在・2026年最新】襲名後の活動と今後の注目点
2026年10月現在、寺嶋和史さんは六代目尾上菊之助として活動しています。2013年11月28日生まれのため、現在は12歳です。2025年の襲名披露を経て、子役としての経験を生かしながら、歌舞伎俳優としての芸を磨いていく段階にあります。
2026年6月には博多座、7月には全国巡業へと襲名披露興行が続きました。『家庭画報』の2026年6月の記事でも、2025年の歌舞伎座から始まった父子の襲名披露が、名古屋・大阪・京都を経て博多座、全国巡業へと展開してきたことが紹介されています。
また、2026年10月には、JR東日本から父子が出演する歌舞伎舞踊特別公演についても告知がありました。襲名は一度の式典で完結するものではなく、さまざまな舞台を通じて新しい名前を観客に浸透させていく過程でもあります。
2026年に注目したい三つのポイント
- 役柄の広がり:初舞台以来の子役としての経験を基礎に、年齢や成長に応じてどのような役を務めるのか。
- 父親との共演:八代目尾上菊五郎との共演を通じて、親子でどのように芸を受け継いでいくのか。
- 名跡にふさわしい芸の形成:六代目尾上菊之助という名前に加え、本人ならではの演技や舞踊をどのように確立するのか。
現在の活動を見る際には、襲名披露の華やかさだけでなく、日々の公演でどの役を務め、どのような経験を重ねているかにも注目したいところです。出演する演目や配役は公演ごとに異なるため、最新の情報を知るには松竹の公演案内や歌舞伎俳優名鑑などの公式資料が役立ちます。
なお、学校生活などの私生活については、舞台経歴とは別に考える必要があります。俳優として公表されている情報と、家族のプライバシーに属する情報を区別することで、寺嶋和史さんの現在をより正確に理解できます。
【プロの結論】六代目尾上菊之助を見るなら「名前・家系・舞台」を分けて考える
寺嶋和史さんの経歴から読み取れるのは、歌舞伎の名跡が、名前の変更だけではなく、長い時間をかけて芸を継承する仕組みだということです。2016年の初お目見得、2019年の初舞台、2025年の襲名は、それぞれ異なる意味を持つ節目です。
人物情報を調べる際は、次の三つの判断基準を押さえておくと、情報の混同を避けやすくなります。
- 本名と芸名を区別する:寺嶋和史は本名、七代目尾上丑之助は2019年からの芸名、六代目尾上菊之助は2025年以降の芸名です。
- 家系のつながりを正確に整理する:七代目尾上菊五郎は父方の祖父、二代目中村吉右衛門は母方の祖父です。両者の関係を混同しないことが大切です。
- 襲名と実際の舞台を分けて見る:襲名披露は名前の継承を公に示す機会であり、俳優としての実力は、その後も積み重ねる舞台によって評価されていきます。
歌舞伎の名跡を調べたい人にとっては、名前の由来や歴代の襲名を知ることが理解の助けになります。一方、寺嶋和史さん個人の成長に注目するなら、家系や肩書だけでなく、出演作や役柄、舞台での表現を継続して追うことが大切です。
【寺嶋和史】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:寺嶋和史の本名は何ですか?
A1:寺嶋和史が本名です。2025年に六代目尾上菊之助を襲名し、現在はその芸名で歌舞伎俳優として活動しています。
Q2:寺嶋和史は現在何歳ですか?
A2:2013年11月28日生まれで、2026年10月現在は12歳です。
Q3:寺嶋和史はいつ初舞台を踏みましたか?
A3:2019年5月、歌舞伎座の『絵本牛若丸』で源牛若丸を演じ、七代目尾上丑之助として初舞台を踏みました。2016年5月には、本名の寺嶋和史として初お目見得をしています。
Q4:六代目尾上菊之助の父親と母親は誰ですか?
A4:父親は八代目尾上菊五郎、母親は波野瓔子さんです。父方の祖父は七代目尾上菊五郎、母方の祖父は二代目中村吉右衛門です。
Q5:寺嶋和史が尾上丑之助から尾上菊之助になったのはなぜですか?
A5:歌舞伎の名跡を継承するためです。2019年に七代目尾上丑之助として初舞台を踏み、2025年に父親の襲名と合わせて六代目尾上菊之助を襲名しました。
まとめ:寺嶋和史の歩みは2025年の襲名から新たな段階へ
寺嶋和史さんは、2016年の初お目見得、2019年の七代目尾上丑之助としての初舞台を経て、2025年に六代目尾上菊之助を襲名しました。父親は八代目尾上菊五郎、母親は波野瓔子さんで、父方の祖父に七代目尾上菊五郎、母方の祖父に二代目中村吉右衛門を持つ歌舞伎一家の出身です。
2026年現在、12歳の六代目尾上菊之助は、名跡を受け継いだばかりの世代として、舞台経験を重ねています。今後は、歴代の菊之助が築いてきた芸をどのように受け継ぎ、自分ならではの表現を確立していくかが注目されます。
名前の変遷や家系を理解したうえで、公演ごとの役柄や舞台での成長を追うこと。それが、寺嶋和史さんの現在と、六代目尾上菊之助として歩むこれからを理解するための最も確かな見方です。