プロレスラーとしてリングスやハッスルで活躍し、総合格闘技イベントPRIDEにも参戦した坂田亘。タレント・俳優の小池栄子の夫としても知られる人物だが、2016年の現役引退後は、リング上で姿を見る機会がなくなった。2026年現在、どのような仕事をしているのか、気になっている人も多いのではないだろうか。
現在の坂田亘は、芸能活動の第一線に立つというより、妻の小池栄子が所属する個人事務所イープロダクションの代表として、芸能マネジメントなどを支える立場で知られている。一方、過去には借金報道や離婚危機報道もあり、格闘家としての経歴と私生活が混同されて語られることも少なくない。1994年のデビューから2016年の最後の試合、夫婦の馴れ初め、金銭問題の裁判まで、2026年10月時点の情報を整理する。
【2026年最新】坂田亘は現在何をしている?引退後の仕事とイープロダクション

坂田亘の現在の仕事を知るうえで、最も重要なのが、妻の小池栄子が所属する芸能事務所イープロダクションとの関係だ。
日刊ゲンダイなどの報道では、坂田は小池の個人事務所の代表として紹介されている。スポニチも2021年の報道で、坂田が事務所の社長を務め、夫婦が公私にわたって協力していると伝えていた。
イープロダクションの公式サイトによると、株式会社e-PRODUCTIONは2015年1月15日設立。タレントや俳優などのマネジメントに加え、映像の企画・制作やプロデュースなどを業務としている。所属タレントとして小池栄子や石川萌香らが掲載されている。
つまり、坂田の引退後の活動を考える際は、表舞台への出演だけでなく、芸能事務所の運営やタレント活動を支える仕事にも目を向ける必要がある。現役時代の知名度を生かしつつ、仕事の軸をリング上から事業運営へ移した人物として理解できる。
ただし、事務所の公式会社情報には代表者名が明記されておらず、坂田の具体的な担当業務や日々の仕事内容、個人としての収入額なども公表されていない。2026年現在についても、会社経営以外にどのような事業を行っているかを、確定情報として挙げることは難しい。
2026年2月には、ABEMA TIMESが坂田のInstagramストーリーズを取り上げ、妻の小池と愛犬の誕生日を祝うプライベートな様子を報じた。少なくとも近年は、格闘技の試合に復帰したというより、家族との生活を含む私生活の一端が報道される立場にある。
なお、2026年時点で坂田が定期的にテレビ出演している、別の会社を経営している、あるいは格闘家として復帰する予定があるといった情報は、確認できる公表資料からは明らかになっていない。
【経歴年表】坂田亘のプロフィールと1994年のデビューから現在まで
坂田亘は1973年3月11日生まれ、愛知県出身。高校時代に極真空手を経験し、卒業後はアニマル浜口レスリング道場でトレーニングを積んだ。その後、格闘技団体リングスに入団し、プロとしてのキャリアをスタートさせている。
RIZIN公式サイトの選手プロフィールや過去の大会記録、格闘技関連のプロフィール資料をもとに、主な経歴をまとめた。
| 時期 | 主な出来事 | 経歴上のポイント |
|---|---|---|
| 1973年3月11日 | 愛知県で生まれる | 2026年10月時点で53歳 |
| 高校卒業後 | アニマル浜口レスリング道場に入門 | 格闘技の基礎を身につける |
| 1993年 | リングスに入団 | プロ格闘家としての活動につながる時期 |
| 1994年11月19日 | 鶴巻伸洋戦でプロデビュー | リングスで競技キャリアを開始 |
| 2001年 | リングスを離れ、活動の幅を広げる | DEEPやPRIDEなどに参戦 |
| 2000年代 | ZERO-ONEやハッスルなどで活動 | 「ハッスル兄貴」の呼び名でも知られる |
| 2007年8月 | 小池栄子と結婚 | 約5年の交際を経て入籍 |
| 2015年 | イープロダクション設立 | 引退後の仕事につながる芸能事務所が発足 |
| 2016年12月31日 | RIZINで桜井“マッハ”速人と対戦 | 2ラウンド2分37秒、TKO負け。現役最後の試合 |
| 2026年 | 芸能事務所の代表として知られる | 格闘家引退後の仕事と夫婦生活に関心が集まる |
この年表で押さえておきたいのは、坂田のキャリアがプロレスだけで完結していないことだ。リングスでの競技経験を出発点に、総合格闘技の大会とプロレス興行の両方に活動の場を広げた。その後、2016年の試合を節目として、競技者としての活動から離れている。
【リングス・PRIDE・ハッスル】坂田亘はどんな格闘家だったのか
坂田の格闘家としての出発点は、1993年のリングス入団にある。1994年11月19日、鶴巻伸洋との試合でプロデビューを果たした。RIZIN公式プロフィールでも、この試合は総合格闘家としてのプロデビュー戦として紹介されている。
リングスは、打撃や投げ、関節技などを用いる実戦的な格闘技の舞台として知られた団体だ。そのため、坂田の1994年のデビューは、一般的なプロレス興行でのデビューとだけ捉えるよりも、格闘技を含むキャリアの始まりとして理解すると経歴が分かりやすい。
坂田は1996年ごろから田村潔司に師事し、競技者として経験を積んだ。リングスではヘンゾ・グレイシーら海外の選手とも対戦。その後、2001年にリングスを離れ、DEEPやUFO LEGEND、U-STYLE、PRIDEなどへと参戦の場を広げた。
PRIDEでは、グレイシー一族の選手との対戦も経験している。特にダニエル・グレイシーとの試合は、坂田の総合格闘技キャリアを語る際に挙げられる一戦だ。2016年のRIZIN出場まで長いブランクがあったことからも、現役最後の試合は単なる継続参戦ではなく、久々に総合格闘技の舞台へ戻った機会だったと分かる。
一方、プロレスラーとしての坂田を広く知らしめたのが、ZERO-ONEやハッスルでの活動だった。ハッスルでは「ハッスル兄貴」の呼び名でも親しまれ、試合そのものに加え、キャラクターや演出を含めたエンターテインメント性が求められるリングで存在感を発揮した。
総合格闘技とプロレスでは、競技のルールも観客が期待する見どころも異なる。坂田の経歴は、その両方を経験した点に特徴がある。単純に「プロレスラーだった人」と分類するだけでは、リングスからPRIDE、ハッスルへと移ったキャリアの広がりを十分に捉えられない。
【2016年に引退】坂田亘が最後に出場したRIZINの試合と経緯
坂田亘の現役生活に区切りをつける試合となったのは、2016年12月31日にさいたまスーパーアリーナで開催されたRIZINの大会だ。対戦相手は、総合格闘技界で実績を持つ桜井“マッハ”速人だった。
この試合は、坂田にとって2003年12月のダニエル・グレイシー戦以来となる総合格闘技の試合だった。RIZIN公式サイトの試合結果によると、坂田は2ラウンド2分37秒、TKOで敗れている。
試合決定前の2016年11月に行われた記者会見では、坂田自身が「リングにけじめをつけようと思って、この戦いに挑みます」と出場への思いを語っていたと日刊スポーツが報じた。小池栄子も会見に同席し、夫の最後の舞台を後押ししたことが伝えられている。
この経緯から見ると、2016年のRIZIN出場は、長年リングに立ってきた坂田が自らのキャリアに一区切りをつけるために選んだ舞台だったと考えられる。結果はTKO負けだったが、現役最後の試合を大舞台で迎えたことは、引退の経緯を理解するうえで欠かせない。
ただし、引退の理由を年齢や負傷、経済事情など一つの要因に限定することはできない。公開されている大会記録や当時の報道から確認できるのは、本人が試合にけじめをつける意思を示し、その試合が現役最後の出場となったという事実だ。
2016年以降、坂田がプロレスや総合格闘技の公式戦に現役選手として復帰したという確かな情報は確認できない。2026年現在の仕事を考える場合も、選手としての復帰を前提にするのではなく、引退後の事業活動を中心に捉えるのが自然だ。
【小池栄子との馴れ初め】2007年の結婚から現在の夫婦関係まで
坂田亘と小池栄子の馴れ初めは、プロレスの試合会場だった。日刊スポーツが2018年に報じた小池本人の説明によると、小池は人に誘われて後楽園ホールへ試合を見に行き、そこで坂田に一目ぼれしたという。
当時、小池はプロレスを見慣れていたわけではなかった。それでも坂田に惹かれ、知人を介して楽屋前で待ち、本人に好意を伝えたと振り返っている。坂田は当初、小池の積極的なアプローチに戸惑ったというエピソードも紹介されている。
2人は約5年の交際を経て、2007年8月に結婚した。小池は芸能界で活動し、坂田は格闘技の世界で活動していたため、異なる仕事を持つ2人の結婚は当時から注目を集めた。
結婚後の夫婦関係についても、過去のテレビ番組で小池が語った内容が報じられている。スポニチの2021年の報道では、小池が坂田について、昔気質なところがあるとしながらも、夫婦生活のエピソードを笑いを交えて話していた。夫婦間の意見の違いを語る場面はあったものの、それだけで離婚危機と結びつけることはできない。
2026年2月には、ABEMA TIMESが坂田のInstagramストーリーズで公開された、妻と愛犬の誕生日を祝う様子を報じている。夫婦の私生活が常に公開されているわけではないが、近年も夫婦の日常をうかがわせる発信が取り上げられている。
坂田が代表を務めると報じられているイープロダクションは、小池の芸能活動を支える事務所でもある。夫婦の関係を理解するうえでは、結婚生活だけでなく、仕事の面でも長期的なパートナーシップを築いてきた点が重要だ。
なお、子どもの有無や家族構成の詳細については、夫婦が公にしている情報だけでは断定できない。公開されていないプライベートな事項を、噂や推測で補うべきではない。
【借金報道の真相】坂田亘の金銭問題と離婚危機報道は何が違う?
坂田亘をめぐる過去の報道で、現在も検索されやすいのが借金問題だ。この話題では、実際に裁判で支払いが命じられた金銭問題と、夫婦が離婚危機にあるとする報道を分けて考える必要がある。
日刊スポーツが2012年4月に報じた東京地裁の判決によると、坂田は2005年、親交のあった遊技場経営会社の社長から、料理店の開業資金として5700万円を借り入れていた。その後、貸主側の会社が税金を滞納し、国税局が坂田に対する請求権を差し押さえた経緯がある。
坂田側は、知名度を利用して芸能関係者への接点を得ようとしたことへの対価であり、貸し借りの関係はないと主張した。しかし、裁判所は返済計画を立てて返済する旨を記した書面への署名などを踏まえ、請求を認めたと報じられている。
この判決は、具体的な借り入れと返済請求をめぐる裁判についてのものだ。一方、坂田の借金を理由に小池との離婚協議が進んでいるとする報道については、別の裁判があった。
2009年12月、スポーツ報知が夫妻の離婚危機を報じたことをめぐり、2010年には小池夫妻と所属事務所が報知新聞社を提訴した。2013年12月の東京地裁判決では、夫妻側の主張の一部が認められ、報知新聞社に計330万円の支払いが命じられた。デイリースポーツなどの報道によると、判決では、夫婦が借金について具体的に話したり、離婚を視野に入れた話し合いをしたりしたことはなかったと指摘された。
つまり、坂田に金銭問題があったことと、借金が原因で夫婦が離婚協議をしていたという報道が裁判で認められたことは、同じ意味ではない。実際の借り入れをめぐる判決が存在する一方、離婚危機をめぐる報道については、夫妻側の訴えを認める判決が出ている。
また、過去の記事で取り上げられた借入額や負債額を、そのまま2026年現在の借金残高と見なすこともできない。現在の資産や負債、返済状況について、最新の確かな公表情報は確認できないためだ。「借金を抱えている」「借金をすべて返済した」といった断定的な説明は、過去の裁判記録だけからは導けない。
【プロの結論】坂田亘の現在を正しく理解するための3つの視点
坂田亘の経歴を振り返ると、リングスでプロとしてのキャリアを始め、PRIDEなどの総合格闘技イベントに参戦し、ハッスルを中心にプロレスラーとしても活動してきたことが分かる。2016年の最後の試合以降は、芸能事務所の代表という別の立場で知られるようになった。
現在の坂田を理解するうえで、特に押さえたい視点は3つある。
第一に、引退と活動停止を混同しないこと。坂田は2016年12月31日のRIZIN出場を最後に現役を退いたとされるが、それは仕事そのものを辞めたことを意味しない。引退後は、芸能事務所の運営に関わる立場として紹介されている。
第二に、妻の知名度と本人の仕事を分けて考えること。小池栄子は俳優としてドラマや映画、テレビ番組などで活動している。その活動を支える事務所の運営は、坂田の引退後の仕事を考えるうえで重要だが、本人の具体的な業務内容や経営上の実績がすべて公開されているわけではない。
第三に、過去のスキャンダル報道を現在の状況と同一視しないこと。借り入れをめぐる裁判や離婚危機報道をめぐる訴訟は、それぞれ異なる経緯を持つ。過去の金銭問題を現在の負債額に直結させたり、過去の離婚危機報道を夫婦関係の事実として扱ったりすると、坂田の現在像を誤って理解することになる。
こうした視点から見ると、坂田亘は単に「小池栄子の夫」でも「借金報道で知られた元格闘家」でもない。競技者として長いキャリアを歩み、引退後は芸能事務所の運営に関わる人物へと役割を変えてきた。その変化こそが、2026年現在の坂田を理解するための中心的なポイントだ。
【プロレスラー坂田亘】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:坂田亘は2026年現在、何の仕事をしていますか?
A1:報道では、妻の小池栄子が所属する芸能事務所イープロダクションの代表として紹介されています。同社はタレントのマネジメントや映像の企画・制作などを業務として掲げていますが、坂田本人の具体的な担当業務や収入は公表されていません。
Q2:坂田亘はいつプロレスラー・格闘家としてデビューしましたか?
A2:1993年にリングスへ入団し、1994年11月19日の鶴巻伸洋戦でプロデビューしました。その後、PRIDEやDEEPなどの総合格闘技イベント、ZERO-ONEやハッスルなどのプロレス興行で活動しました。
Q3:坂田亘はなぜ2016年に引退したのですか?
A3:2016年12月31日のRIZINで桜井“マッハ”速人と対戦し、2ラウンド2分37秒でTKO負けしました。試合前には本人がリングにけじめをつける意思を語っており、この試合が現役最後の出場となりました。引退理由を一つの要因に限定する公式な説明は確認できません。
Q4:坂田亘と小池栄子の馴れ初めは何ですか?
A4:小池が後楽園ホールで坂田の試合を観戦した際、一目ぼれしたことがきっかけとされています。小池から積極的にアプローチし、約5年の交際を経て2007年8月に結婚しました。
Q5:坂田亘の借金報道は本当ですか?
A5:2012年には、料理店の開業資金として借り入れた5700万円をめぐる裁判で、東京地裁が請求を認めたと報じられています。一方、借金が原因で小池との離婚協議が進んでいたとする報道については、夫妻側が提訴し、2013年に報知新聞社へ計330万円の支払いを命じる判決が出ました。過去の判決と現在の負債状況は分けて考える必要があります。
Q6:坂田亘と小池栄子は現在も夫婦ですか?
A6:2007年に結婚し、2026年2月にも夫婦のプライベートな様子が報じられています。2026年10月時点で、離婚が成立したとする確かな情報は確認できません。子どもの有無など、公開されていない家族情報については断定できません。
まとめ:坂田亘の現在は格闘家引退後の事業活動が中心
坂田亘は1994年にリングスでプロデビューし、PRIDEなどの総合格闘技イベントや、ハッスルを中心としたプロレス興行で活躍した人物だ。2016年12月31日のRIZINでの試合を最後に現役を退き、現在は小池栄子の個人事務所イープロダクションの代表として知られている。
小池との出会いは後楽園ホールの試合会場で、約5年の交際を経て2007年に結婚した。過去の借金報道については、実際の借り入れをめぐる裁判と、離婚危機報道に関する名誉毀損訴訟を区別することが欠かせない。
2026年現在、坂田の具体的な仕事内容や財産状況のすべてが公開されているわけではない。しかし、競技者としてのキャリアを終えた後、芸能事務所の運営に関わり、長年のパートナーである小池の活動を支える立場へと移ってきたことは、報道や事務所の公開情報から読み取れる。
坂田亘の現在を調べる際は、現役時代の戦績、引退後の仕事、夫婦関係、過去の金銭問題をそれぞれ分けて見ることが大切だ。それによって、過去の印象的な報道だけに左右されず、格闘家から事業運営に関わる人物へと変化してきた現在の姿を、より正確に理解できる。