元TBS男性アナウンサーには、フリーアナウンサーとして自動車ジャーナリストの顔も持つ安東弘樹、ビジネス映像メディアPIVOTでプロデューサー兼MCを務める国山ハセン、そして社会福祉士を経て東京都議会議員に転身した高野貴裕らがいます。かつてテレビやラジオで活躍した男性アナウンサーたちは、退社後も同じ放送業界にとどまるとは限らず、専門分野への転身や起業、政治の世界への挑戦など、それぞれ異なる道を歩んでいます。
2026年10月時点で注目したいのは、退社後の肩書だけでなく、局アナ時代に培った伝える力をどのような仕事に生かしているかという点です。TBSテレビの歴代男性アナウンサーを整理しながら、安東弘樹の現在の活動、国山ハセンのPIVOT参画後の経歴、高野貴裕のTBS退社後の歩み、さらに退社理由や評判の見方まで詳しく解説します。
【まず一覧】元TBS男性アナウンサーには誰がいる?歴代の代表的な人物を整理

「元TBS男性アナウンサー」と検索したとき、最初に確認したいのは、誰がTBSを退社した人物で、誰がアナウンス部を離れて別の部署へ移った人物なのかという違いです。歴代のアナウンサーを調べる際には、この2つを区別すると経歴を正確に理解できます。
局外へ進んだ代表的な人物としては、次の名前が挙げられます。
- 安東弘樹:2018年にTBSを退社。フリーアナウンサーと自動車ジャーナリストの仕事を両立。
- 国山ハセン:2022年12月にTBSテレビを退社。PIVOTでの番組制作・出演に加え、米国での起業にも取り組む。
- 高野貴裕:2025年1月にTBSテレビを退社。社会福祉士の資格を生かし、東京都議会議員として活動。
- 生島ヒロシ:1976年にTBSへ入社し、1989年にフリーへ転身。長年ラジオやテレビを中心に活動してきた。
- 有馬隼人:TBS退社後、アメリカンフットボール選手やスポーツ関連の仕事など、アナウンサー以外の分野にも活動を広げた人物。
- 松下賢次:スポーツ実況などで知られる、TBSの歴代男性アナウンサーの一人。
一方、TBSのアナウンス部を離れた後、報道や番組制作などの分野で経験を積んだ人物もいます。佐古忠彦、志賀大士、斎藤哲也などは、アナウンサーとしての経歴と、その後の社内でのキャリアを分けて捉えたい人物です。アナウンス部から異動したことと、TBSグループを退社したことは同じ意味ではありません。
現在の所属アナウンサーを調べるなら、TBSテレビの公式サイト「TBSアナウンサーズ」が基本資料になります。2026年の現役男性アナウンサーには、安住紳一郎、井上貴博、杉山真也、熊崎風斗、南波雅俊らがいます。ただし、現役の所属者一覧と歴代の退職者一覧は目的が異なるため、両方を照らし合わせることが大切です。
【2026年最新】元TBS男性アナウンサーの退社後の経歴・現在を比較
安東弘樹、国山ハセン、高野貴裕の3人は、いずれもTBSでアナウンサーとして経験を積んだ後、異なるキャリアを選んでいます。退社時期と現在の活動を並べると、それぞれの転身の特徴が見えてきます。
| 人物 | TBSでの経歴・退社時期 | 退社後の主な活動 | 2026年時点の注目点 |
|---|---|---|---|
| 安東弘樹 | 1991年入社、2018年に退社 | フリーアナウンサー、自動車ジャーナリスト | 自動車専門媒体での執筆や日本カー・オブ・ザ・イヤー関連の活動 |
| 国山ハセン | 2013年入社、2022年12月31日退社 | PIVOTのプロデューサー兼MC、起業家 | 2025年に米国でFOX UNIONを立ち上げ、日米を結ぶ映像発信にも取り組む |
| 高野貴裕 | 2003年入社、2025年1月31日退社 | 社会福祉士、東京都議会議員 | 世田谷区選出の都議として、福祉や共生社会に関する政策に取り組む |
| 生島ヒロシ | 1976年入社、1989年にフリー転身 | フリーアナウンサー、ラジオパーソナリティーなど | 2025年のTBSラジオ番組降板後、2026年4月に文化放送で仕事復帰 |
この比較から分かるのは、退社後のキャリアが必ずしも「フリーアナウンサー」という一つの方向に集約されないことです。安東は個人の専門性を深め、国山は番組の企画・制作と事業展開に軸足を置き、高野は社会福祉の知識と現場経験を政治に結びつけています。
なお、2026年時点の活動状況を確認するには、TBSの現行アナウンサー一覧だけでは足りません。所属事務所のプロフィール、活動先の公式発表、本人の公式サイト、東京都議会の議員名簿など、現在の仕事に対応した資料を確認する必要があります。
【安東弘樹】退社後も活躍するフリーアナウンサー・自動車ジャーナリスト
安東弘樹は、TBS時代の知名度を生かしながら、自身の強い専門性を仕事に結びつけた代表例です。1967年10月8日生まれで、1991年にTBSへ入社。報道からバラエティーまで幅広い番組を担当し、局内ではエグゼクティブアナウンサーとしても活動しました。
2018年にTBSを退社してフリーに転身した後は、テレビやラジオへの出演だけでなく、自動車関連の執筆や専門的な情報発信にも力を入れています。所属事務所キューブの公式プロフィールや日本自動車ジャーナリスト協会の会員情報では、フリーアナウンサーとしての経歴に加え、自動車ジャーナリストとしての活動が紹介されています。
退社理由は働き方と業務負担にあった
安東の退社を理解するうえで重要なのが、アナウンサー業務と管理職的な仕事を兼務していた時期の負担です。2018年のスポーツニッポンなどの報道によると、安東は番組出演に加え、後輩アナウンサーら最大13人のマネジメントを担当していました。管理業務を約7年間続け、8年目に入った頃に仕事の負荷や健康への危機感から退社を決断したと説明しています。
この経緯は、単純に「テレビ局を辞めて自由になりたかった」という話とは異なります。放送局のアナウンサーは、画面に映る出演者としての役割だけでなく、後輩の育成や組織運営を担うこともあります。担当業務が増えるほど、本人が本来得意とする仕事に割ける時間が限られる場合もあるのです。
2026年の現在は自動車分野での発信が軸
安東の強みは、アナウンサーとしての説明力と、長年の自動車愛好経験を組み合わせている点です。日本カー・オブ・ザ・イヤーの公式サイトでは選考委員として紹介され、自動車関連媒体での執筆や映像による発信も活動領域に含まれています。
2026年8月24日には、トヨタのクルマ情報サイト「GAZOO」に掲載された安東の連載コラムで、同連載の最終回が告知されました。ただし、これは当該コラムの終了を示すものであり、自動車ジャーナリストとしての活動全体が終了したことを意味するわけではありません。
安東のキャリアは、局アナとしての知名度を維持するだけでなく、好きな分野について継続的に知識を深め、その専門性を新しい仕事につなげた事例として注目できます。
【国山ハセン】TBS退社後はPIVOTのプロデューサーから起業家へ
国山ハセンは1991年生まれ。2013年にTBSテレビへ入社し、「アッコにおまかせ!」「Nスタ」「グッとラック!」「news23」などの番組を担当しました。情報・バラエティー番組の進行役から報道番組のキャスターまで、幅広い経験を積んだアナウンサーです。
2022年12月31日にTBSテレビを退社し、2023年1月からビジネス映像メディアPIVOTに参画しました。PIVOTの番組プロデューサー兼MCとして、ビジネスや経済、教育、資産運用などを扱うコンテンツの企画制作と出演に携わっています。
「円満退社ではなかった」という見方は本人が否定
国山の退社理由をめぐっては、退社後のテレビ出演などを通じて、TBSとの関係や番組への不満が話題になったことがあります。しかし、2023年10月のスポーツニッポンの報道では、国山本人が「円満退社ではあります」と説明し、上司に今後の進路を伝えたうえで退社したと語っています。
退社を決める過程で、仕事への失望や悔しさを感じた経験があったことと、会社との退社手続きや関係が円満だったことは、必ずしも矛盾しません。印象的な発言の一部分だけが切り取られると、退社の経緯が実際より対立的に受け取られる場合があります。
2025年の米国起業で活動領域を拡大
国山の転身は、単なるフリーアナウンサーへの移行にとどまりません。2025年2月には米国でFOX UNIONを立ち上げたことを公表。日米を拠点に、日本の技術や文化などの魅力を海外に伝えること、海外の情報を日本に届けることを目指すと説明しています。
2026年のPIVOT公式イベント情報でも、国山はMC兼プロデューサーとして掲載されています。したがって、PIVOTでの活動を終えて完全に別の仕事へ移ったという理解は正確ではありません。PIVOTでの番組活動と、米国での事業展開を並行させている点が、現在のキャリアの特徴です。
局アナ時代に培った取材力や進行力を、映像コンテンツの企画、出演者のキャスティング、番組制作、事業運営へと広げた国山の経歴は、放送局からデジタルメディアへ人材が移る流れを考えるうえでも参考になります。
【高野貴裕】TBS退社後は社会福祉士を経て東京都議会議員に
高野貴裕は1979年9月24日生まれ。青山学院大学を卒業後、2003年にTBSへ入社し、報道・情報・バラエティーなど幅広い番組に携わりました。「筑紫哲也NEWS23」「ひるおび!」「グッとラック!」「王様のブランチ」などが、局アナ時代の主な担当番組として知られています。
高野はアナウンサーとして約19年間活動した後、社内異動によって総合職へ移り、CSR推進部門で社会貢献事業などを担当しました。TBSラジオの番組にCSR広報の一環で出演したこともあります。つまり、退社直前までアナウンサーだけを続けていたわけではなく、放送局内で社会貢献に関わる業務も経験していました。
2025年1月に退社、同年の都議選で初当選
高野は2024年12月、TBSラジオ「金曜ワイドラジオTOKYO えんがわ」に出演した際、TBSを退社することを報告しました。実際の退社日は2025年1月31日です。退社前の報道では、今後の社会づくりに取り組みたいという考えを示していました。
その後、都民ファーストの会の公認候補として東京都議会議員選挙の世田谷区選挙区から立候補し、2025年6月22日の選挙で初当選。東京都議会の公式議員名簿では、2025年7月23日から都議1期目として記載されています。2026年も世田谷区選出の東京都議会議員として活動しています。
社会福祉士の資格と現場経験を政策につなげる
高野は2024年に社会福祉士の国家資格を取得しました。公式プロフィールでは、福祉サービスを必要とする人や家族を支援し、制度や社会資源を利用しやすくすることへの関心を示しています。東京都議会の2026年の会議録でも、社会福祉士としての立場や、共生社会・インクルーシブ社会の実現を目指す考えを述べています。
ここで押さえておきたいのは、2026年現在の高野の中心的な肩書が、TBSラジオのCSR広報担当者ではないという点です。CSR部門での仕事は退社前の経歴であり、現在は議会で福祉やバリアフリーなどの政策課題に取り組む立場にあります。
高野の経歴は、アナウンサーとして情報を伝える仕事から、社会貢献事業、資格取得、政治活動へと、段階的に専門領域を広げたケースです。局アナ経験が直接政治家としての能力を保証するわけではありませんが、情報を整理して説明する経験や、多様な人の声に接してきた経験を新しい分野で生かす道筋を示しています。
【退社理由とTBSの歴史】男性アナウンサーはなぜ局を離れるのか
元TBS男性アナウンサーの退社理由は、一つの型にまとめられません。安東弘樹のように業務負担や健康への懸念から働き方を見直した人物もいれば、国山ハセンのようにデジタルメディアの制作現場へ進んだ人物、高野貴裕のように社会課題への取り組みを軸に進路を変えた人物もいます。
退社の背景を理解するには、本人が語った理由、退社時の公式発表、退社後の具体的な活動を分けて確認が必要です。特にテレビ出演やインタビューでの発言は、編集された短い部分だけがニュースの見出しになる場合もあるため、本人の説明と前後の経緯を併せて見る必要があります。
放送局の組織変化も歴代アナウンサーを理解する手がかり
TBSホールディングスの公式沿革によると、前身のラジオ東京は1951年に設立され、1955年にテレビ本放送を開始しました。2004年には株式会社TBSテレビが発足し、2009年には認定放送持株会社へ移行。2020年には商号がTBSホールディングスに変更されています。
こうした組織の変遷があるため、昔の「TBSアナウンサー」と、現在の「TBSテレビのアナウンサー」を完全に同じ区分で扱うことはできません。ラジオとテレビの分社化前に入社した人、社内異動でアナウンス部を離れた人、会社そのものを退社した人が、歴代名簿やインターネット上の一覧に混在しているからです。
退社後の評判は、肩書だけでなく実際の活動で見る
元TBS男性アナウンサーの評判を調べるときは、SNS上の反応や見出しだけで評価を決めないことが大切です。たとえば、安東は自動車関連の専門的な発信、国山はビジネス映像の制作と出演、高野は都議会での政策活動というように、仕事の内容そのものが異なります。
また、退社後の評判は、人物のキャリア全体を通じて一定とは限りません。生島ヒロシは2025年1月、コンプライアンス違反を理由にTBSラジオのレギュラー番組を降板し、芸能活動を自粛しました。その後、2026年4月に文化放送の新番組で仕事に復帰しています。この経緯は、長年の実績だけでなく、問題への対応やその後の活動も評価に影響することを示しています。
退社したという事実だけで「成功した」「失敗した」と判断するのは適切ではありません。本人が何を目指して転身し、実際にどのような仕事を続けているのかを見ていくことで、退社後のキャリアをより具体的に理解できます。
【プロの結論】元TBS男性アナウンサーの現在を見極める3つのポイント
元TBS男性アナウンサーの現在を調べる際には、次の3点を基準にすると、古い情報や誤解を避けやすくなります。
- 1. 現在の肩書と過去の肩書を区別する。 高野貴裕のように、退社前はCSR部門で働き、現在は都議会議員として活動している人物もいます。古いプロフィールだけで現在の職業を判断しないことが大切です。
- 2. 退社理由は本人の説明と経緯を合わせて確認する。 国山ハセンのように、退社時の心情が話題になっても、本人は円満退社だったと説明しているケースがあります。刺激的な見出しだけで人間関係を断定しないようにしましょう。
- 3. 退社後の実績は、転身先の仕事に即して評価する。 安東弘樹なら自動車分野での執筆や専門活動、国山ハセンなら番組制作や事業展開、高野貴裕なら議会活動や福祉政策が、それぞれの現在を判断する材料になります。
テレビ局のアナウンサーは、ニュースを読む人、番組を進行する人というイメージを持たれがちです。しかし、実際には取材、情報整理、対人コミュニケーション、番組制作、組織運営など、さまざまな技能を身につける職種でもあります。その技能を別の分野でどう使うかによって、退社後の進路は大きく変わります。
安東、国山、高野の3人を比較すると、局アナ時代の経験を生かしながらも、同じ仕事にとどまることだけがキャリアの継続ではないと分かります。専門性を深める道、コンテンツ制作の仕組みをつくる道、社会制度を変える立場へ進む道。それぞれの選択を、本人の活動内容に照らして理解が必要です。
【元TBS男性アナウンサー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:元TBS男性アナウンサーには誰がいますか?
A1:代表的な人物には、安東弘樹、国山ハセン、高野貴裕、生島ヒロシ、有馬隼人、松下賢次などがいます。また、佐古忠彦や志賀大士など、アナウンス部を離れて報道・制作分野で活動した人物もいます。会社を退社した人と、社内異動した人を区別して調べることがポイントです。
Q2:安東弘樹、国山ハセン、高野貴裕は2026年現在、何をしていますか?
A2:安東弘樹はフリーアナウンサー・自動車ジャーナリスト、国山ハセンはPIVOTのプロデューサー兼MCとしての活動に加え、米国での起業にも取り組んでいます。高野貴裕は社会福祉士の資格を持ち、世田谷区選出の東京都議会議員として活動しています。
Q3:TBS男性アナウンサーが退社する理由は何ですか?
A3:一律ではありません。安東弘樹は仕事の負担や健康への懸念を退社理由として説明し、国山ハセンは新しいメディア事業への挑戦につながる進路を選びました。高野貴裕は社内のCSR業務などを経験した後、福祉分野と政治活動へ進んでいます。個々の本人説明と、その後の経歴を合わせて確認することが大切です。
まとめ:元TBS男性アナウンサーの現在は多様化している
2026年現在、元TBS男性アナウンサーの活躍の場は、テレビやラジオに限られません。安東弘樹は自動車分野の専門的な発信、国山ハセンはPIVOTでの番組制作・出演と起業、高野貴裕は福祉の知識を生かした東京都議会での活動へと、それぞれの道を歩んでいます。
歴代男性アナウンサーの一覧を調べる際は、TBSの公式アナウンサー名簿を出発点にしつつ、退社者の公式プロフィールや本人の発信、所属先の情報、報道機関の記事を照らし合わせると、現在の活動まで把握しやすくなります。過去の担当番組や退社理由だけでなく、退社後に何を実現しようとしているのかにも目を向けたいところです。
元TBS男性アナウンサーという共通点があっても、その後の人生や仕事の方向性は一人ひとり異なります。経歴を比較するときは、知名度や話題性だけでなく、本人が選んだ仕事と実際の活動を基準にすること。それが、歴代アナウンサーの歩みを正確に理解するための手がかりになります。