甲本ヒロトの弟は、ドラマや映画で幅広く活躍する俳優の甲本雅裕(こうもと・まさひろ)です。ロックバンド「THE BLUE HEARTS」のボーカルとして一時代を築き、現在は「ザ・クロマニヨンズ」で活動する甲本ヒロトと、数々の映像作品で存在感を発揮する甲本雅裕。実は、岡山県岡山市で育った実の兄弟です。
2人の年齢差は約2歳で、学年では3つ離れています。2004年にはポッカの「キレートレモン」CMを通じて兄弟初共演と紹介される機会があり、2026年には雅裕が実家の家業や兄との幼少期の思い出を明かしたことでも話題になりました。加えて、同年10月には兄弟の距離感について語ったテレビ出演も報じられています。
【兄弟関係】甲本ヒロトの弟は俳優・甲本雅裕!年齢差は何歳?

甲本ヒロトの弟は、間違いなく俳優の甲本雅裕です。名字が同じというだけではなく、兄弟本人への取材や大手報道でも、実の兄弟であることが紹介されています。
兄の甲本ヒロトは1963年3月17日生まれ。弟の甲本雅裕は1965年6月26日生まれです。生年月日を比較すると、年齢差は約2歳3か月。満年齢ではヒロトが2歳年上で、2026年10月25日時点ではヒロトが63歳、雅裕が61歳です。
また、日本の学校制度における学年の区切りで考えると、2人は3学年離れています。「年齢は2歳差なのに、学年は3つ違う」という点が、兄弟のプロフィールを調べる際に混乱しやすいポイントです。
兄弟の基本プロフィールを整理すると、次のようになります。
| 項目 | 甲本ヒロト | 甲本雅裕 |
|---|---|---|
| 生年月日 | 1963年3月17日 | 1965年6月26日 |
| 2026年10月時点の年齢 | 63歳 | 61歳 |
| 兄弟関係 | 兄 | 弟 |
| 出身地 | 岡山県岡山市 | 岡山県岡山市 |
| 主な活動 | ミュージシャン | 俳優 |
| 代表的な経歴 | THE BLUE HEARTS、THE HIGH-LOWS、ザ・クロマニヨンズ | 東京サンシャインボーイズ、『踊る大捜査線』シリーズなど |
兄弟の職業は大きく異なります。ヒロトは音楽シーンで強烈な個性を放つロックボーカリスト。一方、雅裕はテレビドラマ、映画、舞台などで多彩な人物を演じる俳優です。
ただし、兄が有名ミュージシャンだから弟も芸能界に入った、という単純な関係ではありません。雅裕は大学卒業後に一般企業へ就職し、その後、自分の意思で俳優を目指しています。兄弟それぞれが別の道を選び、異なる分野でキャリアを築いてきた点が特徴です。
【岡山の実家】甲本ヒロトと甲本雅裕が育った家庭、家業のエピソード
甲本ヒロトと甲本雅裕の出身地は、岡山県岡山市です。兄弟のルーツをたどるうえで注目したいのが、2026年5月に雅裕が自身のSNSで紹介した幼少期の写真と、実家にまつわる記憶です。
2026年5月31日付の日刊スポーツやORICON NEWSなどの報道によると、雅裕は幼い頃に実家の店舗前で撮影した写真を公開し、「僕の実家はクリーニング屋じゃった」と振り返りました。写真には、クリーニング店の看板が掲げられた扉の前に立つ幼少期の雅裕の姿が写っていたと伝えられています。
雅裕が思い出したのは、店の仕事だけではありません。アイロンをかける父、父を手伝いながら夕食をつくる母、そして家の中でレコードを大音量で聴く兄の姿です。自分はテレビを見ながらおやつを食べていたという、何気ない家庭の日常もつづられていました。
特に印象的なのは、兄の音楽活動を、幼い弟が家庭の風景の一部として感じていたことです。後年、ヒロトは日本のロック史に名を残す存在になりましたが、雅裕の記憶に残っているのは、華やかなステージではなく、実家でレコードを聴いていた兄の姿でした。
このエピソードは、兄弟の関係を知るうえでも興味深いものです。世間から見れば、ヒロトは独自の音楽世界を築いたカリスマ的なボーカリストです。しかし、家族の思い出の中では、弟が日常的に接していた兄でもあります。
なお、実家がクリーニング店だったことは雅裕自身の発信に基づく情報です。店の経営状況や現在の営業の有無など、別の事柄まで同じ情報から推測することはできません。
【生い立ち】甲本雅裕は剣道一筋の学生時代から俳優へ
甲本雅裕の経歴で意外性があるのは、俳優になる前に長く剣道に取り組み、大学卒業後には会社員も経験していることです。芸能一家の一員として最初から俳優を志していたわけではありません。
2022年に掲載された朝日新聞デジタルのインタビューでは、雅裕が幼少期から大学まで剣道を続けた経緯を語っています。剣道を始めたきっかけは、本人の話によれば、野球をするつもりで申込書を持ち帰ったところ、手違いで剣道の申込書を親に渡してしまったことでした。
最初から剣道に強い憧れがあったわけではありません。それでも競技を続け、大学4年まで剣道に取り組みました。大学卒業後はアパレル関係の会社に就職していますが、働くなかで映画に魅力を感じ、俳優という仕事を志すようになったと同インタビューで振り返っています。
その後、24歳の頃に上京。1989年には三谷幸喜が主宰する劇団・東京サンシャインボーイズに参加し、舞台を中心に演技経験を積みました。
1993年にはフジテレビ系ドラマ『振り返れば奴がいる』に出演。1990年代後半には『踊る大捜査線』シリーズの緒方薫役などで知名度を高め、以降はテレビドラマや映画で幅広い役柄を演じています。
所属事務所アルファエージェンシーのプロフィールでも、東京サンシャインボーイズでの活動や『踊る大捜査線』シリーズをはじめとする出演歴が紹介されています。善良な人物から内面に複雑さを抱える人物まで、作品ごとに異なる存在感を見せることが、俳優・甲本雅裕の強みです。
兄の音楽活動とは異なる分野で実績を積み上げてきた雅裕。剣道、会社員生活、劇団での経験という複数の段階を経て俳優になった経歴は、現在の幅広い演技活動を理解する手がかりになります。
【2004年のCM】キレートレモンで兄弟初共演と呼ばれた理由
甲本ヒロトと甲本雅裕の共演を調べると、2004年のポッカ「キレートレモン」CMがよく取り上げられます。兄弟の芸能活動が結びついた出来事として知られていますが、どのような形で共演したのかを整理しておく必要があります。
当時、雅裕はCMに出演し、ヒロトがボーカルを務めていたバンドTHE HIGH-LOWS(ザ・ハイロウズ)がCMソングを担当しました。甲本雅裕の経歴を紹介する資料などでは、このCMが兄弟初共演として紹介されています。
ただし、ここでいう共演は、2人が同じ映像の中で並んで芝居をしたという意味ではありません。雅裕が出演者として、ヒロトが所属するバンドが音楽面で関わったという形です。「兄弟が同じCMに関わったこと」と「兄弟が同じ画面で直接共演したこと」は区別して理解すると、情報の混同を防げます。
その後、2005年公開の映画『リンダ リンダ リンダ』にも雅裕が出演しました。同作は女子高生のバンド活動を描き、THE BLUE HEARTSの楽曲が作品の重要な要素となった映画です。雅裕は軽音楽部の顧問・小山先生を演じています。
ただし、この映画についても、ヒロト本人と雅裕が兄弟役などで直接共演した作品ではありません。THE BLUE HEARTSの音楽を題材にした映画に弟が出演したことが、兄弟の芸能活動を関連づける話題になっています。
兄は音楽、弟は演技という異なる表現分野で活動してきた2人にとって、こうした広告や映画との接点は珍しいものです。兄弟関係を知ったうえで作品を見返すと、音楽と映像という別々のキャリアが、思いがけない形でつながっていることがわかります。
【2026年最新】甲本ヒロトは現在もザ・クロマニヨンズで活動中
甲本ヒロトの現在を知るには、THE BLUE HEARTS解散後の音楽活動を追うと全体像がつかめます。
ヒロトは1985年に真島昌利らとTHE BLUE HEARTSを結成し、1987年にシングル『リンダリンダ』でメジャーデビューしました。1995年の同バンド解散後はTHE HIGH-LOWSで活動し、2006年からはザ・クロマニヨンズのボーカルを務めています。2019年からはブギ連でもボーカルとして活動しています。
THE BLUE HEARTSの『リンダリンダ』や『TRAIN-TRAIN』などは、世代を超えて知られる楽曲です。一方、ヒロトは過去の代表曲だけにとどまらず、バンドを変えながら新しい作品を発表し続けてきました。
ソニーミュージックの公式情報によると、ザ・クロマニヨンズは2025年にアルバム『JAMBO JAPAN』をリリースし、2025年から2026年にかけて全国ツアーを実施。2026年7月22日には、そのツアーのライブアルバムも発売されています。
加えて、2026年10月20日には、19枚目のオリジナルアルバム『Hola! Leopardo』を2027年1月20日に発売することと、全国48公演のツアー『ザ・クロマニヨンズ ツアー Hola! Leopardo 2027』の開催が発表されました。ツアーは2027年2月4日の広島公演から6月26日の沖縄公演までを予定しています。
つまり、2026年の甲本ヒロトは、過去の伝説を振り返られるだけの人物ではありません。新作のリリースと全国ツアーを控え、現在進行形で音楽活動を続けています。
兄の活動を知ることは、弟の雅裕との関係を理解するうえでも意味があります。兄弟はそれぞれの分野でキャリアを積み重ねており、どちらか一方の活動だけで2人の人生を説明することはできません。
【兄弟の現在】甲本ヒロトと甲本雅裕は互いの仕事に干渉しない?
兄弟の関係について、2026年10月に新たな話題がありました。日刊スポーツなどの報道によると、甲本雅裕は10月4日放送のフジテレビ系『突然ですが占ってもいいですか?』に出演し、兄ヒロトとの日常的な関係を語りました。
雅裕によれば、兄弟は互いの仕事にほとんど干渉しない関係です。番組内では、兄が自分の出演作を見ることもあれば、自分が兄の歌を聴くこともあると説明。感想を伝える際は「良かった」と一言で終わることが多く、普段はおいしい食事の話などをしていると明かしました。
この発言から読み取れるのは、兄弟が仕事上の助言や評価を頻繁に交わす関係というよりも、それぞれの活動を尊重しながら自然に交流しているということです。兄が著名なミュージシャンであることを理由に、弟の俳優活動が常に兄の影響下にあるわけではありません。
もちろん、兄弟の会話のすべてが公にされているわけではありません。しかし、雅裕本人が語った内容からは、仕事の領域を分けつつ、互いの作品に目を通し、必要な感想を伝え合う関係がうかがえます。
また、2026年5月には、雅裕が実家のクリーニング店や家族の思い出をSNSで紹介しました。10月のテレビ出演で語った兄弟の距離感と合わせて考えると、2人の関係を理解する鍵は、芸能人としての肩書よりも、長い時間を共有してきた家族としてのつながりにあるようです。
一方で、「兄弟だから頻繁に共演している」「雅裕の俳優活動はヒロトの影響で始まった」といった見方には注意が必要です。確認できる経歴では、雅裕は会社員生活を経て自ら俳優を志し、舞台や映像作品でキャリアを築いています。兄弟であることと、仕事の進路を同じくすることは別の話です。
【甲本ヒロト弟】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:甲本ヒロトの弟は誰ですか?
A1:俳優の甲本雅裕です。ドラマ『踊る大捜査線』シリーズなどで知られ、映画や舞台でも活躍しています。
Q2:甲本ヒロトと甲本雅裕の年齢差は何歳ですか?
A2:ヒロトは1963年3月17日生まれ、雅裕は1965年6月26日生まれです。満年齢では2歳差で、学年は3つ離れています。
Q3:甲本ヒロトと甲本雅裕は2004年のCMで直接共演したのですか?
A3:2004年のポッカ「キレートレモン」CMでは、雅裕が出演し、ヒロトが所属していたTHE HIGH-LOWSがCMソングを担当しました。兄弟初共演と紹介されますが、同じ映像に2人が並んで出演したという意味ではありません。
Q4:甲本ヒロトと甲本雅裕の実家は何の店ですか?
A4:雅裕が2026年5月に公開した幼少期の写真と投稿によると、実家はクリーニング店でした。父がアイロンをかけ、母が家事を手伝い、兄がレコードを聴いていた家庭の思い出も紹介されています。
Q5:甲本雅裕は最初から俳優を目指していたのですか?
A5:いいえ。大学まで剣道を続け、卒業後はアパレル関係の会社に就職しました。その後、映画に魅力を感じて俳優を志し、1989年に東京サンシャインボーイズに参加しています。
Q6:甲本ヒロトは2026年現在、どのバンドで活動していますか?
A6:主な活動の場はザ・クロマニヨンズです。2026年10月には、2027年1月発売予定のアルバム『Hola! Leopardo』と全国48公演のツアーも発表されました。
まとめ:甲本ヒロトの弟・甲本雅裕は独自の道を歩む俳優
甲本ヒロトの弟は、俳優の甲本雅裕です。2人は岡山県岡山市で育った実の兄弟で、年齢差は約2歳3か月、学年では3つ離れています。実家はクリーニング店を営んでおり、雅裕が2026年に紹介した幼少期の写真と家族の思い出からは、兄がレコードを聴いていた家庭の日常が伝わってきます。
2004年の「キレートレモン」CMでは、雅裕の出演とTHE HIGH-LOWSの楽曲が結びつき、兄弟初共演として紹介されました。ただし、2人が同じ映像に並んで出演したわけではありません。雅裕は剣道や会社員生活を経て俳優となり、兄とは異なる分野でキャリアを築いています。
2026年10月のテレビ出演では、互いの仕事に過度に干渉せず、作品への感想を短い言葉で伝え合う関係も明かされました。ヒロトがザ・クロマニヨンズで新作とツアーを控える一方、雅裕も俳優として活動を続けています。
兄弟について知る際の要点は、家族としての関係、共演と紹介された出来事、そしてそれぞれの職業上の実績を分けて理解することです。甲本ヒロトの音楽的な存在感と甲本雅裕の俳優としての個性は、同じ家庭で育った兄弟でありながら、別々の道を歩んできたことによって、いっそう鮮明に見えてきます。